2. アポトーシス研究を支えた実験法
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恵口豊, 辻本賀英
アポトーシス研究は多岐にわたる研究分野の集大成として進歩してきた経緯がある
他の分野でも頻繁に用いられる実験法が有効に利用されてきた
タンパク質精製法、遺伝子のクローニング法、塩基配列決定法、アミノ酸配列決定法、PCR法、酵素活性測定法、各種電気泳動法、ウエスタンブロット法、免疫染色法など
1. 電子顕微鏡と光学顕微鏡による形態学的解析
1972年のKerrらのアポトーシスの定義
染色体の凝縮、核と細胞質の収縮と、それぞれの分断化を特徴とする細胞死の形態
それゆえ、形態学的解析はアポトーシス研究の重要な研究法の一つ
Kerrの定義は透過型電子顕微鏡観察によっていたので、基本的には電子顕微鏡による形態学的解析を主軸にするべきであろう
初期のアポトーシス研究は電子顕微鏡観察をメインに進められてきた
しかし、試料作製に熟練が必要、設備が高価→簡便に観察するための様々な方法が考案されてきた
アポトーシスにおける最も顕著な特徴は染色体の凝縮と断片化
核や染色代DNAを特異的に染色した後に光学顕微鏡で観察すると、アポトーシス細胞を容易に確認できる
核の染色法はギムザ染色、ヘマトキシリン・エオシン染色(HE染色)、オルセイン染色などが用いられる
最も簡便な方法は蛍光色素DAPIやヘキスト33342やヘキスト33258によりDNAを染色後、蛍光顕微鏡で観察する方法
特にヘキストは細胞膜を自由に透過するため、生細胞を染色でき、固定処理を省略できるので最も簡便
この染色に精彩部の細胞膜を透過できないプロピジウムイオダイド(PI)を併用すると、アポトーシスとネクローシスを同時に観察できる
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アポトーシスのメカニズムが徐々に明らかにされていくにつれて、それを利用した染色法が考案された
TUNEL法
染色体DNAの切断によって精製したDNA切断末端を標識する
固定した組織切片などを用いても問題なくアポトーシス細胞を特異的に染色することが可能であるため、培養細胞系のみならず、個体内でのアポトーシス細胞の観察には、非常に有用な方法
アネキシン染色
アポトーシスにより細胞表面にホスファチジルセリンが露出することが明らかにされた→ホスファチジルセリンに結合するタンパク質、アネキシンVにより細胞表面のホスファチジルセリンを染色する
TUNEL方もアネキシン線sy雲、容易に蛍光標識することが可能であるため、顕微鏡観察だけでなく、FACS(フローサイトメトリー)解析にも有効な手段であり、アポトーシス研究の推進に非常に貢献した
2. DNAラダー検出法によるアポトーシスの検出
染色体DNAの断片化がアポトーシス時に核に生じる特徴的な変化の一つと認識されるようになった
核の形態変化のメカニズムは長らく解明されなかったが、1980年にWyllieらによってアポトーシスにおけるエンドヌクレアーゼの活性化が示されたことによる
一方、ネクローシスではこの断片化は一部の例を除いてほとんど検出されない
染色体断片化の検出
アポトーシス時に生じる200~300 kbと30~50 kbの大きな染色体断片化(1993)の検出には、パルスフィールド電気泳動法を用いる必要があるため、あまり簡便ではない
オリゴヌクレオソーム単位での染色体DNA切断により生成される、180~200 bpの整数倍のDNA断片(DNAラダー)の形成は、通常の電気泳動により比較的容易に解析できる
アポトーシスの生化学的な指標の一つとして頻繁に用いられてきた
DNAラダーの検出には、低分子量のDNAを抽出する方法と細胞の全DNAを抽出する方法があるが、どちらの場合も同様の結果が得られる
DNAラダーを生成するDNaseの実体は、CAD(caspase-activated DNase)であることが1997年に江成らにより明らかにされた
アポトーシス時に活性化されるエンドヌクレアーゼとしては、DNaseγ、cyclophilin A、ミトコンドリアに局在するEndoGなども報告されているが、CAD以外のDNaseの関与は限定的であると考えられる
CADの欠損や、CADの阻害因子であるICADの過剰発現によって、ほとんどのDNA断片化が抑制されるため
3. Cell free系で数多くの重要な因子が発見された
Cell free系(無細胞系)
多くの研究分野において非常にパワフルな実験方法
シグナル伝達研究では、ある経路にかかわるタンパク質を同定し、試験管内でその酵素活性、調節機構、基質などを解析することによって、細胞内での機能を推定する手法が古くから現在に至るまで広く用いられている
アポトーシス研究でも同様の手法が利用されてきたが、特に細胞内小器官(オルガネラ)を持ち込んだCell free系はアポトーシス研究を協力に推進した
3-1. 細胞抽出液を用いた実験系
細胞抽出液からある特性を指標にしてタンパク質を精製する手法
アポトーシス研究においても非常に有用な方法だった
アポトーシスに関与する様々な因子が細胞抽出液を用いた実験系を用いて同定された
この手法が特に成功を収めたのは、1996年から1997年にかけてWangらのグループによって行われた一連の実験
彼らは正常細胞の抽出液をそのまま放置しておくと、caspase-3の活性が上昇することを見出した
この系と後述する単離核を用いた実験系を組み合わせてcaspase-3活性化因子の生化学的精製を試みた
この活性にはdATPと3種類のタンパク質が必要であることがわかり、それぞれApaf-1, Apaf-2, Apaf-3(apoptosis activating cator)と名付けられた
Apaf-1は新規因子、Apaf-2はシトクロムc, Apaf-3はcaspase-9であることが判明した(1996, 1997)
この実験は、ミトコンドリアに集約したアポトーシスシグナルがいかにしてカスパーゼのシグナルに転換されるかを示し、アポトーシスシグナル伝達の根幹を明らかにしたという点で特筆すべき実験
3-2. 単離核を用いた実験系
細胞核の機能研究に単離した核を用いる手法
1993年にLazebnikは、単離核に増殖中の細胞から得られた細胞抽出液を加えることにより、アポトーシスの生化学的指標の一つとして用いられてきたオリゴヌクレオソーム単位での染色体DNA切断によるDNAラダー形成を誘導することに成功した
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このin vitroアポトーシス系を用いて、多くの研究者が染色体DNA切断にかかわる因子の同定を開始した
1997年、江成らは、無刺激の細胞抽出液から、caspase-3に依存して、単離核にDNAラダー形成を誘導する因子、CADの精製、およびクローニングに成功した
3-3. 単離ミトコンドリアを用いた実験系
アポトーシス誘導メカニズムへのミトコンドリアの関与は、1996年から1997年に発表されたいくつかの論文により示唆された
カスパーゼの活性化にミトコンドリアタンパク質であるシトクロムcがかかわっていること
アポトーシス時にミトコンドリアの膜電位が消失すること
ミトコンドリアに直接傷害を与えることによって誘導される細胞死をミトコンドリアタンパク質であるBcl-2が抑制していたことなど
ミトコンドリア周辺で起こっている現象を細胞レベル、あるいは個体レベルで解析するのには限界があったので、それまで心筋や肝臓の研究分野で培われてきた単離ミトコンドリアを用いた実験系を応用して、アポトーシス誘導時に起こっている現象を解析する手法が取り入れられた
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この系で明らかにされたことのうち最も重要なことはBcl-2ファミリーの機能
シトクロムcのミトコンドリアから細胞質への漏出とミトコンドリア膜電位の消失は、Bcl-2, Bcl-xLによって抑制され、Bak, Baxによって促進される
この機能がBcl-2ファミリーのアポトーシス制御機構の本体であることが示唆された
また、単離したミトコンドリアからシトクロムcを放出させる細胞質因子として、カスパーゼにより切断されたBidが精製され(Li et al., 1998)、また放射線処理をした胸腺細胞から、同様の活性を持つ因子としてヒストンH1.2が同定されている(小西 et al., 2003)
4. タンパク質相互作用検出法
タンパク質同士の相互作用を介して直接情報伝達するシグナル伝達メカニズムがある
相互作用の結果、受け手となる因子のリン酸化、脱リン酸化などの化学修飾を伴う場合や、切断を伴う場合のほか、相互作用によって受け手となる因子の構造変化を誘引する場合もある
酵素反応を伴う場合は、酵素と基質の複合体を直接検出することはしばしば困難を伴うが、それ以外の場合は、形成された複合体を同定することにより、シグナルの流れを解析することが可能
アポトーシス研究でよく用いられた方法は、他の分野でも利用されている免疫沈降法とtwo-hybrid法
どちらの方法も既知の2つ以上の因子の相互作用を検出する場合にも、既知の因子に相互作用する未知の因子をスクリーニングする場合にも有効な方法
4-1. 免疫沈降法
免疫沈降法
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特異的抗体と抗原タンパク質を結合させ、Protein G Sepharoseなどの免疫グロブリンと結合するものでその複合体を沈殿させると、抗体に結合していた抗原タンパク質が特異的に回収できる
抗原タンパク質と相互作用するタンパク質が存在する場合、そのタンパク質も複合体の一部として沈殿してくる(共沈殿)
このタンパク質をウエスタンブロット法などで検出することにより、複合体形成反応を解析することが可能となる
また、共沈殿物を電気泳動法などにより分離し、そのアミノ酸配列を決定することにより、目的のタンパク質に結合する未知のタンパク質を同定することが可能
免疫沈降法は、2つあるいはそれ以上のタンパク質が複合体を形成していることを証明するために、アポトーシス研究だけでなくあらゆる局面で利用されている
特にアポトーシスのシグナル伝達系では、基質の化学修飾や、切断を伴わず、複合体形成によって下流にシグナルを伝えるステップがかなり多いことも、この手法が重要な知見に貢献した理由
免疫沈降法を利用して単離された新規遺伝子も多く存在するが、その中でも特にアポトーシス研究に大きな影響を与えた例としては、Bcl-2に結合する因子として同定されたbaxのクローニングが挙げられる
4-2. two-hybrid法
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目的のタンパク質に相互作用する未知のタンパク質を分子生物学的にスクリーニングする方法としてtwo-hybrid法は非常に有効な手段
two-hybrid法として様々な変法が考案されているが基本的には2つの因子が結合することによって、転写の活性化や酵素活性の変化など、細胞内で新しい活性を発揮するようデザインされている
通常スクリーニングに用いられる系は、特異的DNA結合タンパク質と転写因子のそれぞれに目的のタンパク質を融合させたものを酵母内で発現させ、2つのタンパク質の結合を転写の活性化を指標にして検出する方法
アポトーシスのシグナル伝達系では複合体形成によって下流にシグナルを伝えるステップがかなり多いため、two-hybrid法は非常に有用な手法であった
様々な因子の複合体形成がtwo-hybrid法により発見された
5. データベース解析によるアポトーシス関連遺伝子の探索
アポトーシスに関与する因子の中には、アミノ酸配列に類似性をもつ遺伝子ファミリーを形成するものが少なくない
現在はゲノムプロジェクトが完了したので、公開されているデータベースを用いて、誰もがアミノ酸配列に類似性をもつ遺伝子群を検索することが可能になった
アポトーシス研究の歴史においては、まだ一部の配列だけが公開されていたデータベースを用いたり、公開されていないプライベートのデータベースを用いたりして、多くの研究者がアポトーシスに関与する遺伝子の探索に挑戦した
cDNAデータベースを用いた検索では、カスパーゼファミリーに属するいくつかの遺伝子の他、bcl-2ファミリー、IAPファミリー、CARDファミリーを含む多くの遺伝子が同定された
多くのものはアポトーシスに関与する遺伝子であったが、アポトーシス以外の系に関与するものもいくつか単離された
この方法では、部分的な配列の類似性を指標にすることが多いため、タンパク質内の機能ドメインの一部だけを共有しているものなども単離されている
したがって、このような解析は、アポトーシス研究分野だけでなく、それ以外の分野にも大きく貢献したといえる
タンパク質の立体構造が決定された後、立体構造データベースを用いてよく似た構造をもつ分子を検索することは、そのタンパク質の機能を推定する上で貴重な情報になる場合がある
例えば、Bcl-xLの立体構造は、イオンチャネル形成能をもつコリシンの立体構造に非常によく似ており、Bcl-xLがミトコンドリア膜に局在している状態の推定に役立った